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息子の就活で考えたこと

大学4年の息子は、既に来年の就職先が決まり、悠々自適?。家ではゲームをやり、外では野球を観に行ったり、バイトをしたりしている。おぃおぃ、大学には行かないのか?文系4年というのは、ヒマなものだ。しかし、学費はこれまでと同額。なぜ?

ところで、息子の就職先は、いわゆる大企業です。売上は「兆」を超えています。私の仕事人生でまるで関係のなかった業種なので、よくわかりませんが。

さて、私の頃を振り返ると、息子のいまの時期はやはり就職先は決まっていた。しかも大企業(いまみると、「兆」は超えていない)でした。

それを、何をどう血迷ったのか、8月に人事に電話をかけ、丁重にお断りしました(人事の人は必死で止めようとした。私の意思が固いと見るや、怒りだした)。そのあと、10月頃に再就職先(?)を決め、そこに新卒として就職しました。いわゆるベンチャー企業でした。そのあおりで、その後の人生はこんな感じでやることになりました。

そこで私は考えた。息子が8月に、いまの内定先をやめると言い出したら、私はどうするか?私は、他人の人生は尊重します(自分以外は、息子も他人である)。それからすれば、「それはオマエが決めることだ」とは言うでしょう。でも、内心では、思いとどまって欲しいと思うでしょうね。ここが自分でもなぜかはわからないのですが、大企業=安定、という意識があります。そして、少なくとも、(他人ではあれど、)息子には、多少は安定した人生を送って欲しいと、どこかで思っているわけです。まぁ、大企業自身は安定しているでしょうが(滅多に潰れないという意味で)、そこで働いている人が安定しているかどうかは、わかりませんけどね。

そこでまた考えると、私が大学4年の8月に、血迷って(または熟慮の末、)大企業の内定を断ったとき(しかも、二股かけていたわけではなかった)、そのとき父はどう考えたのか。おそらく、内心は心配したのでしょう。ただ、ここが父の偉いところだと今でも思っているのですが、私には一言も何も言わなかった。何かを言うよりも、黙っているほうが辛いです。

とは言うものの、私がこのような振る舞いをしたことを、当時の父は知らなかった可能性はあります。私と言えば、諸事情で14歳のときから親元を離れていましたから、そのころから、何事も自分で決めることが普通で、親に相談したことはありませんでした。なので、父はなにも知らなかったのカモ。あるいは、知っていたとしても、まるで興味がなかったという可能性もありますね。父にとっても、息子の私は他人であった。
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プロフィール

加納裕(かのうゆたか)

Author:加納裕(かのうゆたか)


[略歴]
1983年3月東京工業大学工学部機械物理工学科卒業
1983年4月(株)図研入社
1987年1月同社退社
1987年2月(株)ソリッドレイ研究所を6名で設立、取締役
1994年3月同社退社
1994年4月(株)スリーディー入社
1996年10月同社取締役
1999年12月上海大学兼務教授
2002年10月同社代表取締役
2009年9月ものつくり大学非常勤講師~現在
2009年10月同社代表退任/退社
2010年1月ソフトキューブ(株)入社~現在(技術顧問)
2017年4月湘南工科大学非常勤講師~現在


[業界団体・学会活動]
電気学会・第三期次世代インタラクティブディスプレイ協同研究委員会(幹事)/最先端表現技術利用推進協会・アカデミック部会(旧:三次元映像のフォーラム)(副部会長)/日本バーチャルリアリティ学会ハプティクス研究委員会(委員)/ACM(Professional Member)/情報処理学会(正会員)/3Dコンソーシアム(賛助会員)/URCF(特別会員)

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前職:立体映像産業推進協議会(幹事)/日本バーチャルリアリティ学会・論文委員会(委員)/3DBiz研究会(個人賛助会員)


[資格]
TOEIC805点
数学検定1級(数理技能)
中型・普自二免許
サッカー4級審判員

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